今日はカカシが久しぶりに飯を食いに来る。カカシはもう成人なので酒も用意してやる。未成年が酒を買うのはどうかと思ったが思えば料理酒だってお菓子を作るときのリキュールだって酒だ。あれらを使う料理を作りたいとした時に未成年の人たちはどうやって酒を買えばいいのかね。なーんて殊勝に考えてしまうが、大昔の成人は18歳となっていたし、少しは見逃してもらおう。
それからほどなくしてカカシがやってきた。
今日は任務ではなかったらしいのでちゃんとした夕食時の6時くらいに来るだろとう思って用意していたのだ。
俺はドアを開けた。

「よう、カカシ久しぶりだなっ。」

と言った俺は、だが目の前にいるカカシを見て顔を俯けてしまった。

「うん、久しぶりだね。もうお腹ぺこぺこー。」

カカシは気丈に言うが、顔、全然楽しそうじゃなかった。長年ずっと一緒にやってきたんだ。見抜けない俺じゃない。相手が暗部だとか俺が中忍だとか関係ない。俺たちはお互いが唯一無二の存在だろ?
カカシはお邪魔しまーす、と勝手知ったると言わんばかりに家に上がった。いつものことなので俺も特に咎めたりはしない。

「あ、今日はおでん?やったー。俺、たまご2つねー。」

「カカシ、」

「もちきんちゃく入ってる?あれないと俺嫌だなー。」

「カカシ、」

「さすがにおでんには秋刀魚も茄子も入らないんだよね。俺の好きな具材なのにおでんに合わないなんてひどい話しだよねえ。」

「カカシっ」

俺は叫ぶようにして言った。カカシはようやく言葉を止めた。俺は立っていたカカシの腕を掴んだ。

「何かあったのか?」

今日は任務のある日じゃなかったんだろ?だから任務が原因じゃない。カカシは今までどんなことがあっても任務での文句を言ったことはない。やれ疲れるだのあいつらうざいだの、そういったからかい半分の文句なら幾度となく聞いたことはあるけど、ここまで、ここまでっ。
俺は腕を引っ張って体をこちらに向けさせた。そしてそのの顔を見た。
こんな、こんな辛く苦しい笑い顔を見たのは、初めてだ。

「何があった、言えよっ。」

俺はカカシの顔に手でそっと触れた。悲しいのに笑顔になんてなるな。苦しいのに明るい声なんて出すな。
カカシは顔に触れていた俺の手をつかむと、そのまま俺の体ごと抱きしめてきた。

「イルカ、イルカっ、俺、俺はっ、」

俺はカカシの背中をぽんぽんと叩いてやった。優しく優しく、あやすように、落ち着けるようにゆっくりと。
カカシはしばらくその体勢でいたが、ゆっくりと俺を離した。

「飯、食おうか。」

カカシが言うので俺はおでんを温め直す。今日は酒はなしだな。あんな状態のカカシには飲ませられない。アルコールで忘れられるような苦しみでも悲しみでもない。
温め直したおでんの鍋を卓袱台に乗せて俺はカカシのぶんを器によそってやった。ちゃんとたまごも、もちきんちゃくも入れてやる。大根もはんぺんも糸こんにゃくもつみれだって入れてやる。

「ほら、味わって食えよっ。」

そう言って渡すとカカシは嬉しそうに頷いた。くそ、本当に嬉しそうな顔しやがって。さっきまではこの世の地獄を見てきたような、そんな顔してたくせに。
しばらくは食べるのに集中した。よくしみたおでんにカカシははふはふ言いながら食べる。やっぱたまごいいねえ、なんてのんきに笑っている。俺はそんなカカシの顔を飽きることなく見つめながらも自分も食べる。
そして夕食も終わって片付けも終わり、食後の一服と茶を煎れてカカシに手渡すと、カカシは湯飲みを手に持ったまま切なげに俺に微笑んで見せた。

「カカシ、お前、本当に今日はどうしたんだよ。」

「うん、まあ、なんとなくそうかもしれないとは思ってたけど、実際に目の当たりにすると、結構きついもんだね。」

「カカシ、」

「でも、イルカのおかげでなんか気分が晴れたよ。少なくとも、イルカは俺のこと好きでしょ?」

ちょっと伺うような、だけどほとんど確信に近いように言われて俺は声を大にして言ってやった。

「そんなの当たり前だろっ!!」

カカシはえへへ、と子どものように笑った。

「ならいいんだー。ただねえ、やっぱりちょっと気になるって言うか。俺のことはちょっと置いといてもねえ。うーん。」

「なんだよ。何か心配事なのか?」

カカシの気分がやっと晴れたか、と思った途端にこれだ。なにやら仕事で面倒くさい肩書きもらっちゃって苦労してるとか言ってたけど、それに関わることかな。

「ちょっと嫌な予感がするんだ。何がとかそういうのは全然見当もつかないけど。」

それじゃあ俺だって解らないよ。もっと具体的な意見は出てこないのか?だがカカシはそれ以上は何も言う気がないのか、お茶をすすった。卓袱台の上においてあったみかんに手を伸ばして皮を剥く。
俺は少しぬるくなってしまったお茶をずずっと飲み干した。

「カカシはさ、ずっと暗部を続けるのか?」

「んー?まあ、今のところは辞めるつもりないけど。なんで?」

俺は少し逡巡した。実は三代目からアカデミーの教師にならないかと誘われている。勿論火影の推薦があればすぐになれるというものではない。ちゃんと教師としての勉強も技術も今まで以上に身につけなければならない。忍びを引退するわけではない。新たな育成の模範として示すほどの技量を持っていなくてはなれるはずがない。
だがどうして自分に勧めたのか、そこの所が解らない。中忍としての俺はそれなりに里に貢献していると思う。任務達成率だって低くはないと思うんだけどなあ。俺の任務に対する直向きさが足りないのかねえ。

「イルカ、何1人で百面相してんの?」

「してないっつの。うーん、なあ、カカシは忍びが戦忍から退いたら負け犬だと思うか?」

「は?負け犬?なんで?戦忍じゃない忍びだって立派な忍びは大勢いる。何も戦忍だけが忍びじゃない。支える忍び、育む忍び、戦う忍び。みんな平等に誇りがある。」

カカシの言葉に俺は少し嬉しくなりつつも自分の浅はかな思考に恥ずかしくなった。そうだ、どうして教師になり、内勤従事型の忍びになったとして忍びの誇りを失うだろうか。

「カカシはいつも俺の欲しい言葉をくれるんだもんなあ。」

俺はぽりぽりと鼻の傷を掻いた。

「俺だってそうだよ、いつもイルカが俺の欲しい言葉をくれる。だから前に進めるんだよ。」

こいつっ、恥ずかしいこと言いやがって。

「俺、アカデミーの教師になるかもしれない。だからカカシと戦場で会うことが本当に少なくなるかもしれない。共に闘おうって言ったのに。」

俺はとうとう言ってしまった。口が軽いのが俺の悪い所だよなあ。カカシなんてさっき、あれだけ胸の内に苦しみを抱え込んで1人で消化したのに、俺はなんでもぺらぺら喋っちゃうんだからなあ。

「いいんじゃない?イルカ先生?うわっ、なんかAVに出てきそう。副題は『イルカ先生、放課後は保健室で課外授業!?』これなんてどうよ?」

「あっ、あほかーーーーっ!!俺の名前で勝手にAVのタイトル付けるなっ。」

折角お前のこと見直してたってのに、馬鹿な奴...。

「あはははは、冗談だって。そんな怒らないでよっ。でもまあ、戦場で会えなくてもさ、イルカにはイルカの、俺には俺のそれぞれの戦場があるわけだから、そこで必死に汗水垂らして戦ってけばいいんじゃないの?イルカの人生だよ、よっぽど他人に迷惑かからない程度に自分のやりたいことはとことんやってみればいいんじゃない?」

うーん、育む忍びかあ、それもなんだかかっこいいな。

「俺はカカシみたいに部下を持つことはなかったけど、子どもたちに何かを教えるってのは好きかもしれないなあ。」

なまじアカデミーに長く在籍していたせいもあるかもしれない。

「部下はねえ、懐いたらかわいいよ〜?頬すりすりさせちゃうもん。」

それはセクハラだぜ大将...。
カカシはそれから部下についてあーでもないこーでもないと自分論を繰り広げ俺をほとほと疲弊させた。最初ここにやってきた時の落ち込みはどうした!?まあ、あんな顔するよりも今の方が100万倍いいけど。

 

カカシの元部下という男がうちは一族を1人除いて皆殺しにして里抜けをしたと聞いたのは、それから数ヶ月後のことだった。